本気だってこと

インタビューのための宿題があって

それについてずっと思っているのだけど

質問について思うと、

途端に概念のスイッチが起動するので

出てくるのは概念ばかり。

 

ちょっとのりこさんに話してみる。

「正解を話そうとしなくていいと思う」

と言われる

そうだな、とは思う

でも

正解を言おうとするという力動にしか

スイッチがないかのようなのだ。

たからといってわたしの力で

力づくでなんとかすることも不可能だ。。。

 

陳腐なことを言うのではないか。

インタビュー台無しになる。

ちっともなショウコをラファエルと

カメラの前で晒してしまう。

そういうことはしたくない。

と思っているんだなと思う。

 

いくつも書き出して

あ、そういうことか、と

あたかも深いところからの

気づきのような言葉が出てきても

どうも概念の匂いしかしない。

のりこさんに送ってみるが

腹が立つほどスルーだ。

でも、これが訓練となることはもう知っている。

恩寵だってこと。

 

この"格好つけ祥子"が崩れ落ちるんだな

概念スイッチが起動するのは

格好つけスイッチが入るのとイコールだ。

 

ひどく支離滅裂な日本語になろうと、

稚拙な表現だろうと、

表現すらできない格好悪さだろうと

腹の底から出そうと思う。

毎日本気で思っているのだから。

それしかできないや。