のりこさんのレポートの中に


『これまで見てて、更に見えてくる障壁/防衛は
禅のスティックでパシンとされた瞬間「パシンとした人の存在」「スティックそのもの/パシン」を具体的に認めず


自分で気づいて這い上がったみたいに話そう、説明しようとする力動がある。
これは無意識の仕掛けで、無価値感を払拭したいからだと思う。(微妙だから普通は見抜くのが難しい)』


というレポートがあって、
実際本当にそうだと思った。


自分にもその力動があることに
うっすら気づいていながら認めずにいたけど、
レポートを読んで
はっきりくっきり見えざるを得なくなった。


レイさんと密にコミュニケーションすることになった
去年の夏から10月くらいに
わたしは彼女にこの力動を見て

ものすごく苛立っていた。

彼女が自分で気づいた話し方をするたびに
てめー!違うだろ!とわたしのハラワタが煮え繰り返っていた。
でも、かといって私は
わたしのおかげだろうとも言わない。
たぶん、美徳から。
彼女にこの力動をわたしがなすりつけてもいるのだけど
私も、のりこさんに見せてもらっておきながら、
聖霊にみせてもらっておきながら、
自分で気づいたテイにしていたことを見ないようにもしていて

それを隠すためのテクニックだった。


おまけに、わたしのおかげ、

という話をするだろうかな?とも思っていて、
この期待のような思いが
わたしにはめちゃくちゃあって
これも「自分で気づいて這い上がったみたいにする力動」に通じるものだったのではないかなと
このレポートを読んで思った。


あー、恥ずい。


けど。すっきりもしている。


うっすらだけど、見えてたものを
プライドから、無いことにして振る舞っていたから。


のりこさんには丸見えだったかもしれないけども 汗