2016.2.8

<p>こうして話しをして思うのは、母のときも思うのだけど、

まるで自分が先を行っているかのようだが、実は相手はもう達成していて、わからないふりをして聞いてくれて、わたしに、話すことで深める機会、をくれているのではないか、ということだ。<br>

そして、奇跡についてのこと、赦しについてのこと、それにのみ取り組んでいこうと思っていることをどう話したらいいのかわからない、と思っていたのは、「わたし」が存在したままで、聖霊に明け渡してなかったからだった、と気づいた。<br>聖霊に任せれば、話す必要があれば話すようになってしまうんだ。。。

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