小さな不満

ちょいちょい思うことの一つに

「お前さ、口の利き方な、、💢」

というのがあって

ちょうどその日の朝、妹に対して出ていた思考を

母に聞いてもらった。

『「妹は私にちゃんと言わないからだ、コミニュケーションしないからわからなかった」と言うけどそう言いながら自分は 言わないんだよね』

みたいなことで

それはもちろん投影なのだけどね、と母に話した。

 

それから仕事に向かう電車の中で

なんとなく見たフランセスの動画で

この件の答えが来た。

youtu.be

13:32あたり〜

私が彼に 「もっと別のやり方で コミュニケーションしてくれればいいのに」 と言ったことがありました
どんなことだったか 思い出せませんが
彼が、「君、なにかが足りないって感じてるの?」
ぼくたちの関係で?」 って言ったんです
私は小さな不満について、 そんなふうに考えてみたことがありませんでした
長いこと座って、この問いに向き合ってみて
「たしかに。どんな不満や泣き言 欲求不満も投影もすべて そういうことなのよね」と思いました
「私はなにか足りないと感じてる あなたがそれを与えてくれないからよ

あなたのせいよ」 って思ってるんだわ、って
そのとき以来というもの
JPに対しても 自分や他のだれに対しても 二度とそれまでのようには 主張できなくなったんです
「なぜ、もっとちゃんとしてくれなかったの」とか
そんなふうに言うのが正しいとは まったく思えなくなりました
心の片隅でいつも
「なにかが足りないから この人がそれを私に与えてくれるべきなのに」 「この人は、もっとこうであるべきなのに」 なんて言うことを どうして正当化できるかしら、と思えるのです
JPのたったひとつの質問が すべてのことを貫くひらめきとなりました

 

これが今度は私を貫きました。

 

妹のこともそうだし、

ちょうど新しい職場に、一人、言い方なんとかできないの?と思う人がいて

先輩だからってそういう言い方していいってことじゃねーだろーがよ

とかね。

これも、このフランセスの話と同じなんだよねー。。。

と思ったんです。

 

投影なのだということ

対立していたいということ

いつも敵を欲している

それらが私の中に猛烈にあるのを、もちろん見ていたのだけど

この、フランセスの話はさらに別角度から、何かとても助けになった気がしている。