2017.2.17

母が経済の不安でいっぱいだということを

私に話して来た。

話していることに対して、彼女が思っていることに対して

修正をかけたくなる。

こう思えばいい。

そう考えているからダメなんだ。

コースではこう言ってるでしょう。こうするんだよ。

直してあげたくなる。

教えてあげなきゃ。

直してあげなきゃ。

やりながら途中ではたと気づいた。(聖霊によって気づかせてもらったのだと思う)

これ、外に見て、それを批判しているのではないか。

これが自分の除外なのかー

言って話して聞かせて直す必要があるのではなく、私が私の心に留まる必要があったんだ。

こう言ってあげればいいかな、が浮かぶたびに(それはもちろん、良かれと思ってみたいなところなのだけど)

その相手みたいに外に見ているのは、自分なんだ

外に押しやって批判したり文句言ったりしたくて擦りつけたのだと認めた。

お母さんが不安がっているんじゃなかったんだ、

私の不安だったんだ!(それも、一度も起きていないことを信じて、無なのに恐れていたんだ!)

胸にあったかいものが広がった。

ありがとうお母さん。

私が気がつくまでこんなに長いこと演じさせてごめんねー。