神との和解

私は献身しているのか?

一体私は、ここで何をしているんだろう。

何日も旅暮らしをして、一体これは何になるというのだ?

毎日必死だけども、これが献身なのか?

私はなんのために、どうしてここにいるんだ?

言葉にすると、こういうような思考で

言いようのない思いのような、なんとも言えないものが

こみ上げてきた。

旅の最終時期のことだった。

 

撮影中だったのだけど、一人車に残って号泣した。

これは何なのだろう?

こんな風に思うということは、

私は献身できていないのではないだろうか。

堪らずのりこさんに訴えた。

献身しているからこそ、そういうものが出るんだよと言われたけど

わからなかった。

わからない、と言うと、

うまくいかせないために協力するっていう思いがあることを

正直に認めることだ、と言われた。

 

は?????????

何だと?

 

そんなの見るのも嫌だ、と思ったのだけど

”こみ上げてくる言いようのないもの”がものすごかったので

どうしようもなくなっていたこともあったのだろう

しばらく泣き続けていたら、見えてきてしまった。

 

失敗すればいい、と思いながら

うまくいかなければいい、と思いながら

成功するようにというテイで、

つまりマスクの下では、失敗すればいい、と思っていた。本当に。

壊す気満々だった。

壊れろ壊れろと思っていた。

何なのだ?

こんなの見たくなかった。認めたくなかった。

でも、認めてしまった。認めざるおえない。

あぁ、もう、何なのだ。

もう、こんなの嫌だ!!

本当にもうたくさんだ!!

もうやめたい!

助けて欲しい。

心底そう思った。

 

少し車から降りて撮影の方に行ってみたのだけど

海に飛び込みそうな衝動があるし

まだ泣きたいようだったので

車に戻って泣き続けた。

 

宿に戻って、私は17日でここを去るということをラファエルに話したら

失敗すればいいと思っていた、ということを話すことを

聖霊が促している感じがして、嫌だったのだけど

エクスプレッションした。

本当は、ラファエルに、ではなく、

エクスプレッションはのりこさんにするつもりでいた。

でも、促されているという感じに従うことにした。

だから、兄弟に通訳してもらわなければならず

兄弟たちに完全に晒すことになってしまい

本当に惨敗だったのだけど

もう、そんなどころではなく

泣いて泣いて、腹のなかを洗いざらい正直に打ち明けた。

 

それはショウコが献身しているからこそだ、とラファエルも言った。

そういったものは単に思考でしかなくて、出てくるのは

本当にごくごく普通のことだ、と。

<ここの話は後日加筆します>

 

話して、お風呂に入ってくる、とお風呂にいった。

その時点でもまだ泣いてはいるのだけど

祝福、という感じがきていて

それは、やるべき仕事をした、という感じ。

なんども「神との和解」という言葉が浮かんで

ほんの小さな一つの段階に過ぎないのかもしれないけれど

進めたのかな、と思えた。

 

絶妙なセレクトだったメンバーの兄弟たちとの和解もすごかった。

本当にすごいものを乗り越えたしね。。。

 

何が何だか分からない怒涛の日々だったけど

行ってよかった。

本当に悪いことにはなっていない。

いや、むしろ、今は、よかった、とちゃんと出る。

前は、いや、それはわかるけど、嫌だっていうのしか出ない、

とかそういう感じだったんだけど。